【8日目】チェルノブイリ・ハート・・・

(おことわり)
本日の日記には描写的にショッキングな表現が含まれている可能性があります。苦手な方は本日の日記を避ける事をお勧めします。

土曜日。晴れ。
明日は嫁さんの実家に、子供と嫁さんを迎えに行く日なので実質短い貴族最終日。
ゴロゴロするのも良かったけど、せっかくの一人の時間だから・・・と思って、前々からどうしても見たかったこの映画を見てきました。

チェルノブイリ・ハート
http://www.gocinema.jp/c-heart/

チェルノブイリ・ハートとは、2003年に公開されたドキュメンタリー映画です。元々タイトルになっているチェルノブイリハートとは、ベラルーシウクライナなどで生まれつき心臓疾患や放射線障害に苦しんでいる子供の事をさす表現だそうです。この映画はチェルノブイリ事故以降の住民、子供達の健康状況や現在の原発周辺地域への取材を含めた内容で公開当時も結構評判が高いと言うか内容がショッキングというか話題になっていたなあ程度の気持ちで頭の片隅に残っていた映画です。

この映画は311以降に改めて単館ですが、映画が公開されたというニュースを知って、これは、この時期だからこそ見なきゃいけないなあ・・・と思っていたので、この一人の時間を活用してみてきました。

概要はなんとなく知っていたんですけどね。軽い気持ちでスナック菓子片手に見ようと思ったら、映画に引き込まれてお菓子食べるのも忘れてた・・・ツイッターにはつぶやいたけど一番近い映画館は地下にある席数100もないんじゃないかな?ってくらいのしょぼいさびれた映画館でお客さんは自分いれて15人くらい。みんな真剣に画面に食い入るようにみていた・・・

内容は細かく書かないけどさ。
正直ショックだった・・・言葉にならなかった・・・今日見ない方が良かったって思った。
子供達がかわいそうすぎだ・・・見るに堪えられない障害が多い子供達ばっかり・・・当然親に捨てられた子、生まれつきすでに処置のしようがない子、自力では生きて行けない子、そんな子は原発事故後に増えていると言う・・・因果関係は少なからずあるだろうとのこと。数十年ぶりに自分の家に帰った青年幼い記憶をたどりに自分の思い出と対面する。そんな彼も撮影後1年でこの世から去った・・・とにかく映像に引きずり込まれ、ただ、ただ、画面と、画面の文字を追っているだけの時間だった。あっという間に時間は過ぎ、事実としてのショッキングな映像と、ショッキングな現実がそこにはあった。

今までは、「遠い国の出来事で大変だなあ」的なつもりのニュース。でも、この映画の冒頭にもナレーションが少し加えられていて日本の原発事故についても少し触れられていた。つまり、これから日本もチェルノブイリと同じ現実が待っているんだ・・・そう思うと見終わって少し放心状態だった・・・

ちなみに、あらすじというか、簡単に宣伝映像があります。これだけでも結構なインパクトです。

http://www.youtube.com/watch?v=BJ7GDIyRR5Y

CMは音楽入ってますが、全編ドキュメンタリーなので、背景音楽一切なし。
淡々と事実だけが重ねられていく作品。

ネタバレですが、どんなシーンか知りたい人は文字で起こしている人がいたので、ここを見てもらえば・・・

[ネタバレ注意]
http://yosinori.tumblr.com/post/8138257146

この映画は日本語字幕版ですが、どうやら英語訳そのままだったら、ネットで落ちてるみたいです。あえて、ここで紹介しませんが、興味のある人で英語でも問題なしと言う人はこっそりYoshiまでコンタクトをとってみてくださいw でも、映画館で見る方を強く勧めますけどね・・・

知ってました?チェルノブイリで外部に放出された放射性物質は広島原爆の90発分ですが、福島第一原発で放出された放射性セシウムの放出量は、広島原爆の168発分だってこと。

「ただちに影響はない」は今、すぐに影響がないけど、いずれ影響が出る可能性が大きいということ。

それでも、チェルノブイリと同じように、町、村を捨てられない人が日本にもいる。あたりまえだ・・・なぜだろう?と思ってたけど、この映画で分かった。

「私の魂は、この土地に根付いている。今更他の土地に行けない」

そうだよね・・・でも、子供の事考えたら、どうなんだろうね?
自分に照らし合わせた時こんな簡単に言ってるけど、土地、仕事、人間関係を捨てれるのか?と考えると、正直悩む。

仕事を捨てる=生きる糧(お金)も失う。そこまで余裕はない・・・それに、どこに行くのかも宛がない。たまたま影響が少ないと言われてる土地にいるから、そこまで真剣に考えてないけど、はたして自分が、現在の被災している人の立場になったら、それは出来るだろうか?本当に難しい・・・

映画の中では生まれてくる子供の中で、健常で生まれてくる子は全体の15〜20%だそうです。年々割合が下がっているようです。特に爆発直後のに生まれた子、その時期に乳幼児だった子には少なからず影響が出ているとの事だそうです。

映画の中では、手術をしないといけない子供がたまたま海外からの援助チームで医師団が入っており、その人たちの手術で助かって親が大泣きするシーンがありました。もちろん素敵な事だし、助かってよかったと思う・・・でも、反面、毎年数百人の子供達が順番待ちをしていて、その子供達は2年〜5年で順番が来る前に亡くなっていると言う現実もテロップで入ります。

子供の死は親にとっては受け入れらない現実なもので、僕自身大きなトラウマが残ってます。

知っている人は知ってますが、長男のはるくんは、新生児仮死で出産したので、生まれた時死んでました。なんとか息を吹き返し、NICU送りとなりましたが、当時の先生に「今夜がヤマです。僕もがんばりますから、お父さんもがんばりましょう」そう言われたシーンは、もう一生忘れられることができません。

今はほぼ問題なくすくすくと成長してくれてます。
無神論者だけど、この時ばかりは、いるかいないか分からない神様に感謝したものです。

でも、たまたま、僕の所にコウノトリがやってきて、たまたま空気と土地のきれいな場所、そして医療設備の整った病院で生まれたから、はるくんは今こうして生きてます。これは、たまたまな運命の糸の巡り会わせで僕は今幸せを噛みしめているけど、現実にはウクライナベラルーシで授かった命は遺伝子に損傷を受け、出産できずに亡くなるケース、出産しても重大な健康面に影響が出るケース、そして、健常で生まれてきてもなんらかしらの影響が出て病気になりやすい状態であること・・・同じ世の中に生きてきて、これはむごいなあと見てて思わず目頭が熱くなった・・・

もちろん、そんな事、きれいごとだよ!って言われるのも分かってるし、偽善者だ!と叫ばれれば、なんの躊躇もなく「その通り」と答えると思う。でも、今の日本では、これと同じ事が起きようとしている。今は、平気、だから平気と言う静かな見えない風潮が漂っている気がしてならないのは僕だけでしょうか?

当たり前なんだけどね。そりゃ、そうなんだけどね・・・
ふと、数か月前に貼った放射線測定シール。自分の書斎コーナーの窓の外に貼ってあるんですよね・・・もちろん影響がないレベルだってのは分かってるけど、薄らと色が付き始めている。同じタイミングで買って、普段持ち歩いている自分のIDカードの裏に貼ってあるものと比較して明らかに色が変化している・・・

原発から、ここは250キロ離れている場所でこれだから、近い所は、もっとひどいんだろう・・・同じ横浜でも上の方の地域はホットスポットが出たと騒ぎ始め、全部の小学校用に測定器を買うそうです。でも、なんでしょうねえ・・・この静けさ?無関心?それとも、口にしないだけ?こういう僕みたいな人は「あの人ヒステリックだよね」で片づけられちゃうみたいです。

もちろん、僕は、もうそれなりの年齢だし、どーでもいいと思ってますけどね・・・やっぱ子供の事考えると心配です。むちゃくちゃ心配です。でも現実的にとれるオプションは限られていて切ないけど、事実を知ったうえで行動するってのは大事だと思うんですよね・・・

でも、僕には何が出来るのでしょうか?
自分の子供のためには、何が出来るのでしょうか?
この悲しい現実を受け止めるには何が必要なのでしょうか?

何も答えは出なかったけど、色々考えさせられる映画だった。
チェルノブイリから25年経過しても、こんな状況。日本はこれから、このような出来事が確実に襲ってくるんだなあと思うと、せつない・・・心苦しい。何も言えない・・・

科学が発達して人の生活は豊かになり便利になった反面、この技術は人間が制御できない技術でもあり、誰かの犠牲の上に成り立っている文明なんだと改めて思った。現実問題、今すぐ原発を即時停止なんて出来ないし、代替えっていってもたかが知れてるし、結局うまくだましだまし付き合っていくのが現実的なのかな?正直、自分自身も多くの無駄な報道とかニュースに洗脳されそうだから、何が大事なのか何が本当なのか分からなくなってきている面は否めないなあと思うわけ。

長々と結論なき感想を書いてしまいましたが、非常に強くお勧めしたい映画です。
是非、何か機会がありましたら見てみてくださいな。

今日はこんな感じ
ではでは。