言われるままにやるってことは・・・

yoshi-blog2005-02-15

一泊二日ものんびりして明日からやる事がたまって大変になりそうな予感でガクガグブルブルしているyoshiです。

研修二日目。朝起きて自宅じゃない事に気がつく。もっとも移動もないのでギリギリまで時間が使える。ネットを会社に繋いでメールをチェックすると尋常ではない量がきていてメールボックス一杯ですとシステムからもメールがきている始末。とりあえず流し読みしてヤバそうなのだけ電話したけど明日は早く行かないとダメっぽいですなぁ
今日は昨日と打って変わってツマラナイ内容だった。講師が気に食わない、なんか悪戯に危機感を煽るような説明と自分の意見を押し付ける高圧的なプレゼンが不快感を覚えた。内容はキャリアプランとかキャリアビジョンの話しをしたんだけど、たしかに言っている事はわかる。だてにそれでご飯を食べているわけじゃないけど、でもなんでもかんでも話の最後は資格を取れと言う講師だった。

資格とは公的とかそうじゃないのとか一概に言えないけどたしかに取ってメリットはあるけどそれだけでお金を稼げるのは一部の資格だけで、その他は勉強とか経験の過程で資格と言う物は取れる物だと思ってるのです。
その人は10年後も生き残りたかったら専門性のある資格を取ってスキルを身につけるべきだといいました。はたしてそれだけで将来安定した収入なんてもらえるとは思いません。今身につけているスキルが世の中に必要では無くなったら一体どうしらいいのでしょうか?確かに伝統芸能とか匠の技術は一子相伝と言う場合は専門性を高めるのは必要です。けれども僕らの今扱っているスキルなんて数年後陳腐化するのは目に見えてるし、機械化自動化が将来できる部分のスキルは人間に変わってコンピュータ君が頑張る世界になると思うのです。そうなると後はどこに人が必要だと考えた場合は結局人と人を結び付けるヒューマンコミュニケーションスキルを学ぶのがプライオリティが高いのではないか?と考えたのです。後は世の中のトレンドラインを把握して今の時代に何が必要か?と考える人としてのポテンシャルを上げて今の仕事を軸にしながらもつぶしの利くなんでもやればそこそこ、こなせる人間が必要ではないのかな?って思いました。講師はさも得意げに僕の言葉の本質も理
解しないまま「これからはつぶしの利く人間は必要ない。専門性を高めたスペシャリストが必要」と言いました。本当にそうでしょうか?
映画交渉人でも犯人と交渉するスキルばかり注目されてますが、その下には警官としてのスキルは当然身についているからこそ、現場を的確に判断し時には拳銃で射撃を行ったりしてる訳です。だから僕らも何かの能力を身につけたらそれをベースに自分をフラットにしてないと柔軟に考えをまとめられないと潰しも利かないと思うのは僕だけなんでしょうか?

昨今のキャリアプラン系の研修は相手を否定しつつ無駄に危機感をつのり能力開発セミナーとかに誘導しがちですが講師の言ってる事が必ず正しいとは限らない。他人に縋る前に自分で何かできるかを考えた方がより強く生きていける気がします。
最後に講師は言いました。「今では2chとかで情報は簡単に手に入る」と言ってました。そんなのもう古いですよね?大手メディアの記者よりも情報の選別がうまい人のブログなりサイトなりをチェックしてあとはSNSなんかから情報を手に入れた方が効率も信憑性も高いのにね・・・結局この講師の話しも方方向いずれこんな講演もなくなるんですかね?

そんな訳で帰りは電車の中で日記を書いてました。高校生が隣に座っていて話を聞き耳立てていたら受験終わったらしいね。どの年代もやはり進路とか将来とかで悩むんだよね。でもやっぱり学生時代はもっと真剣に勉強しておけば良かったな〜大人になるとしたくても時間が限られているんだよね。