今日という日の私へ・・・

あれから、まだ7年しか経過してないという事を改めて感じで静かな気持ちでいられることと、改めてありがたい気持ちで一杯のYoshiです。こんばんは。

今日で7年が過ぎました。
今日は特別でもあり、普通でもある静かな1日。

それぞれ思う事は異なるかもしれないけど、今日という日を忘れないで生きていくためには静かに祈りをささげる日じゃないのかなって思いました。

そして、私事的な言葉になってしまうけど、改めて今日という日に感謝をささげたいと思います。

未だに、ちょっとフラッシュバックする事もあるけど、今こうしてここで生きているというのは、きっと何かの力が働いた・・・
それは今もそう思わずにはいられません。

たまにふと、思い出して考えるのです。

もし、僕があの日、あそこにいたとしたら・・・

津波に飲み込まれて死んでいたかもしれない。

天井から落ちてきた天井に挟まれ頭を打って死んでいたかもしれない。

移動中にがけ崩れにあって車が押しつぶされていたかもしれない。

駅のホームでたたずんでいる時に津波に飲み込まれて死んでしまったかもしれない・・・

たまたま、3ヶ月毎週欠かさず行っていた仕事のルーティンを、その日だけしなかった。

だから、僕は今日、ここにいます。

だから遠い東北地方の大きな地震ではなく、僕が仕事で関わっていた地域の出来事。自分も、そこにいたら今の僕はいない。

そんな事をずっと考えています。

未だに考えるのです。

なぜ、僕はあの日だけ行かなかったんだろう?

なぜ、僕はあの日、そこに行かないという選択をしたのだろう?

なぜに明確な答えは未だに出せていません。

おかげさまで、当時幼稚園だった息子は今年中学生になります。

生まれて小さな娘は、今年二分の一成人式をしました。

僕も小さな前進ではあるけど、人生の転換点を迎えようとしています。

今、こうして素敵な思い出を重ねさせてくれたのは、何かの力が働いて結果的に僕を生かしてくれたからだと、僕は考えています。

もし、僕は今日、あの場所で震災に巻き込まれてしまっていた運命だとしたら、今日までの楽しい、嬉しい思い出は、

僕に与えられなかったかもしれません。

だからこそ、これまでも、これからも、誰かの為に何か出来る自分でありたいなあと思います。

実際出来ているかはわからないけど・・・

今日という日。僕は忘れません。今までもこれからも。

多くの人に穏やかな時が訪れますように・・・

多くの悲しみが、ほんの少し、和らぎますように・・・

そして、

今日と言う普通で特別な日が、いつまでも静かで穏やかな1日でありますように・・・